梶光夫(元アイドル)の現在は?年収や子供、若い頃などwiki風まとめ【爆報】

こんにちは!

梶光夫(元アイドル)さんが2019年7月日(金)19時から放送の

爆報the フライデー】に出演されます。梶光夫さんといえば元アイドル歌手であり、

現在はジュエリーアーティストとして活躍されていますね。

番組の紹介では、

 超高級外車や自分のビルを持つ超セレブに!  アイドル引退後、??に転身し大儲けしていた!

とあり、どれくらい儲けているのか!?

収入、年収などは一体どれくらいなのか!?気になりました。

また、今現在と若いころ、また家族構成などもwiki風にまとめてみました。

梶光夫(元アイドル)のwiki風プロフィール

梶光夫 かじみつお 

◇ 本名:梶芳道(かじよしみち)

◇生年月日:1945年3月7日(現在74歳)
◇ 出身地:大阪府 大阪市
◇ デビュー:「黒髪」(昭和38年12月)

高校生の頃に歌手への夢を抱き、歌謡学院で歌を習い始めた梶光夫さん、

昭和38年:スカウトを受けてコロムビアに入社。同年12月に期待の新人“五つの星”の

一人として「黒髪」で鮮烈にデビュー。

出典:https://columbia.jp/artist-info/kajimitsuo/prof.html

昭和39年には、3作目の「青春の城下町」が大ヒット!スター歌手の仲間入りを果たします。

その後も高田美和とのデュエット曲「わが愛を星に祈りて」(昭和40年)、「アキとマキ」(昭和41年)などがヒット。純愛路線の青春歌謡を次々と世にヒットさせます。

昭和45年:父との約束の為、この年に歌手を引退。

同年1971年に第1回インターナショナルパールデザインコンテストにてグランプリと銀賞を

ダブル受賞。

さらに翌年1972年には、アメリカG.I.A.(米国宝石学会)に留学。宝石学とジュエリーデザインについて学び、国際的な宝石の資格G.G.(グラジュエイトジェモロジスト)の称号を取得。

その後は、ジュエリーデザイナー・宝石鑑定士として本格的に活動され、

今現在も第一線で活躍中です。

最近では、請われれば歌番組にも出演されています。

それにしても芸能界引退の同じ年に宝石のデザインコンテストで結果を残されるほど、

動かれていて、行動が早いなぁ~と感心します。

出典:http://www.kaji-international.co.jp/press/

上記にある、”父との約束”とは、デビュー時に父親と交わした“芸能生活は5年間”という

約束だったそうで、スター歌手で絶頂の時期だけれどしっかり守り、引退されています。

これはなかなかできないですね~

私ならもうちょっと。。。!と言ってしまいそうです笑

しかし、5年間のみ!という制約があったからこそ、

集中して歌手活動に専念できたのかもしれませんね^^

大阪で時計・宝石・貴金属を扱う「スイス時計店」の長男として生まれたそうで、

もともと小さいころから宝石が身近にあったのですね。

息子は梶武史

出典:http://www.kaji-international.co.jp/takeshi-kaji/

お二人とも気品漂う雰囲気でなんともイケメンですね~!

息子の梶武史さんも父・梶光夫の跡を継ぎ、ジュエリーデザイナーとして活躍されています。

また、毎年恒例でクリスマスイベント「梶光夫クリスマスジュエリーパーティー」

を開催されており、

そこでは、豪華なホテルで、お二人がデザインされた宝石を眺めながら、

美味しい最高級のお料理と毎回違うパフォーマーを呼び、梶光夫さんの生歌(毎回かは不明)さらに夜にもナイトパーティーが催されているそうです。

・・・想像するだけでなんて楽しそうで贅沢なイベントなんでしょうか!

参加するだけで何かが一皮むけそうな、ステージがあがったような気さえします。

梶光夫の気になる年収は?

18歳でデビューした梶光夫は「青春の城下町」で40万枚の大ヒットし青春スターと

なりました。その当時の年収は約1500万円だったそうです。

芸能界の頃でもとんでもなく凄いですが、

さらに引退後はというと??

一般的にはGIAG.G.取得者の宝石鑑定士、貴金属鑑定士の年収は、

276万~360万~とありますが、それは一般なところに勤める場合なので、

梶光夫さんの場合はそんなもんじゃあない程、の年収がきっとあることでしょう。

まとめ

今回は梶光夫さんの今現在と若いころ、年収、また家族構成なども

wiki風にまとめてみました。

とてつもない成功者だった梶光夫さんの宝石鑑定士として、また歌手活動としての

活躍、とても楽しみにしています。

ここまで読んで下さってありがとうございました^^